お侍様 小劇場

   “星に願いを” (お侍 番外編 21)
 

 
島田の家系は、皇室は除いての…ある意味では日本で一番、
血統というものを大切にし、継承し続けて来た“純血種主義”の家でもあって。
そもそも、大きな権限や資産を持つ代表者、
当主や家長という存在や地位を血統で継承するのは、
同族同士での争いごとや混乱が起きぬよう、
それ以上はない肩書、条件づけとして押し出されたものという解釈があるらしいが、

 『今時の世にそれを持ち出されても。』

能力が勝るものを立てりゃあいいと、常々お言いの勘兵衛様は、
その実力もまた、カリスマ性を含めて一族で一番秀でておいでだということ、
判っておいでではないのだろうか…。





  ◇  ◇  ◇



ちょいとややこしくも危険で過激なお家柄。
そんな内部事情を少しずつご説明申し上げているところの、
島田さんチの皆様ではあるけれど。
時折 思い出したように“お役目”のお務めが入るものの、

 大地震や大量降雨による災害被害に、
 食品の産地偽装だの、大掛かりな融資詐欺だの。
 しっかりしろよ日本のがっかり福祉、をまたまた憂いたくなるような、
 社会弱者への負担増とか、老老介護に疲れた末での悲惨な事件とか。
 地上のどこかで今日も鳴りやまないでいる、戦火や悲報。

世間様のそんな騒動や重大事を思えば、
このところの日常は至って穏やかなものであり。
(……ほんっと、しっかりしてください、
 一応先進国であるらしい日本の、トップで舵取ってる皆様方。)

 “えっと、オクラも涼しげではあるけれど。”

それより、シシトウを炒めて醤油で軽く焦がしたのとか、
お酒の肴にはいいかも知れぬと。
今宵の献立をあれこれと、頭の中にて算段しつつ、
蒸し暑いのでとTシャツの上、デザインシャツを重ね着た、
ちょいとざっかけない恰好になってのお買い物。
商店街までまかり越しておいでだったは、
島田さんチの若おっ母様、七郎次さんではありませぬか。
年の頃なら二十と五、六か、若く見えての実は七、八か?
お年寄りの荷物を持ってあげることだってあって、
それなりの上背だってあるお人。
にもかかわらず、相変わらずの色白美人で、
すっきりとした目鼻立ちの印象が、それは優しく嫋やかなその上、
ちょっとした所作や表情にも品があり。
目と目が合えばにっこりと、
心の底から暖まるような笑顔を向けて下さるものだから。
妙齢の女性のみならず、
男衆だってほやんと見ほれてしまうほどもの色香をたたえた、
罪なくらいに麗しの美丈夫で。

 「シチさん、水菜のいいのが入ってるよ。」
 「アナゴの湯通しを梅肉だれでってのはどうだい?」
 「今年のビワは、甘みがやさしいよ?」
 「夏場はやっぱり豚でビタミンB群を取らにゃあ。」

顔なじみの皆様が、いい出物があるよとお声を掛けて下さるのも、
ともすれば商売っ気は抜きの親切心から。
今でこそ大概の料理をこなせるお兄さんだけれど、
昔はあれで、魚はどのくらい洗ったらいいのかだの、
大根の皮ってどこまで剥けばいいんですかだの、
かわいらしいこと、訊いて下さりもしたのを、
皆様 覚えているものだから、つい。
夏の旬を知ってなさるか?
今じゃあ年中出回ってるけど、ホウレン草は冬でカボチャは夏。
イカやタコも夏が美味しいねぇ。
トマトは露地ものの方が甘さは格別、実もしっかりだよと、
どうかすると買い物客の年配な常連さんまでもが、
遠くから嫁に来た娘さん相手みたいなアドバイスを下さって。

 『だって、ねぇ?』
 『そうなのよ、つい。』

それもこれもあの花の顔容
(かんばせ)のせい。
優しそうな姿と人懐っこい物腰に、つい。
女性同士のような気さくさで、話しかけてしまうのようと、
……色んな年代のファン層が拡大中らしいです、おっ母様。

 「…おや。」

この梅雨は存外雨の日が多かったせいか、
明ける前から湿度の高い蒸し暑さが続いており。
御主の勘兵衛様もお元気盛りの久蔵殿も、
このところどこか食欲がなさげでおわしたのでと、
さっぱりしたものか、はたまたピリリと刺激のあるものか、
食が進む献立はないものか、考えもって歩いておれば、
その商店街の向こう側から、見慣れた姿がとぽとぽと歩いておいで。
そちらさんもまた大した美形で、
綿毛のような金の髪がけぶる陰には、
ちょっぴり力みの強い双眸が、
不思議な色合いの紅蓮に染まって座っておいで。
出来のいいお人形さんのようだった、
そりゃあもうもう、瑞々しくって高貴で愛くるしかった風貌が、
面差しだけじゃああない、若木のようにすんなりしていた腕や脚も、
そのまま上手に…間延びもせぬままバランスよく育ちましたというような。
モデルさんや俳優さんのように印象的な存在感をたたえて、
なのに…ごくごく普通に高校の制服姿をし、駅前の商店街を歩いていなさる。
何ともミスマッチな取り合わせだけれど、
ここではこれもまた“日常”の1ピースだったりするのだ…が。

 「…。」

七月第一週の今週は、期末考査とやらが続いてて、
それでも確か、今日はその最終日ではなかったか。
七郎次の方でもそれを思って、
こうして鉢合わせることを期待して、常より早めに出て来たのだが、

 「?」

何だか様子が変だと気づいた。
昨日もその前も、特に約してもいないまま、
それでも此処での待ち合わせという恰好になっていたのは、
七郎次の方からだけじゃあない、相手の側もまた、
出来るだけ急いでのこと、
此処へと戻る快速に飛び乗っておいでだったからじゃあないかしら。
そうと知らされるたび、頬が熱くなるほど嬉しいお言いよう、

 ―― 一刻も早くシチに逢いたい、シチと長く一緒に居たいからと

ただそれだけのため、
ちょっぴり距離のある高校から、いつだって大急ぎで帰っておいでの久蔵殿。
此処へと着けば着いたで、
人込み雑踏の中から、必ず先に見つけて下さっていたのにね。
それが今は…何だか項垂れての様子がおかしい彼であり、

 「久蔵殿。」

自然な歩きようで双方から辿り着いての向き合って、
それからというお声掛けへ、えっ?と顔を上げ、
正面に立つ七郎次に、やっと今 気がついたらしい彼だった辺り、
余程の大変なことへと心奪われておいでだったらしくって。

 「何か…案じておられたのですか?」
 「…。」

 今日の試験が思うようにいかなんだとか?
 湿気や暑さのせいで体調がお悪いとか?
 誰か、クラスの方と喧嘩でもなさったとか?
 まさかとは思いますが、何かしら先生から叱られましたか?

そのどれへも“〜〜〜(否、否、否)”とかぶりを振るばかりの次男坊であり、
とはいえ、
じゃあ一体何でしょうかねぇ、それ以外となると思い当たらないなぁと、
口元へ綺麗な指先を当て、何だろうかと考え込むこちらを、
おもむろに…ちらと上目遣いで伺って来なさるものだから。


  「……まさか、アタシのことですか?」
  「…………………。(頷)//////////


  進歩がないぞ、次男坊。
(笑)





  ◇  ◇  ◇



夏日に真夏日、熱帯夜、
昨年からは“猛暑日”なんてな呼称も増えた日本の夏は、
だがまだ今年は その入り口をくぐったばかり。
先は長いぞ、頑張れニッポン。
……などなどと、
冗談口を並べても、誤魔化されない うだるような暑さの中、
日本を代表するよな超一流商社の、
しかもばりっばりの管理職でありながら、
出来る限りはJRに揺られ、徒歩にてご帰還なされる御主様へ。
今日も一日お疲れさまでしたと、
美人の妻がお膝をついての身を寄せて、
両手を添えてのそりゃあ丁寧にお酌をして下さって。
汗を流した風呂上がり、火照った身へとそそがれる、
上手に冷やしたビールの美味いこと美味いこと。
全身全霊すっかりと、洗われたような気がしたけれど、

 「だが。剣道部の合宿とやら、確か昨年度もあったではないか。」
 「ええ。」

そのくらいは覚えておるぞと、
なのに何でまた、今年は愚図っておる久蔵であるものかと。
怪訝そう…というよりも、
不思議そうな趣きにて、目元を軽く眇めておいでの勘兵衛様であり。
屈強精悍、雄々しき体躯。
昼間はスーツに覆われ、野生の香をば封じていたもの。
今はその、浅黒さも妖冶な肌を、引き締まった筋骨の隆起の陰を、
懐ろの合わせや広い袖口などからちらほらと覗かせる、
ゆったりとした藍染めの陣兵衛姿という、小粋ないで立ちにて寛いでおいで。
彫の深い面差しやら、長い腕脚なさっておいでで、
西洋風のかっちりしたお衣装がそれはお似合いな御主のはずが。
こういうざっかけない恰好や、もっときっちりした着流しなんぞも、
それはそれで男の色香を滲ませて、すこぶるお似合いなものだから、

 “ずるいよな…。/////////

格式ばっても鎧われずの凛然と、砕けてしまわれても精悍に猛々しく。
その男らしい威勢も色香も、双方ともに損なわれぬまま、
出逢った人々をことごとく魅了するだけの、品格と存在感をお持ちの御主。
誰をも虜
(とりこ)になさるくせ、
当の御自身は どなたのものにもならぬまま、
浅ましき執着を捨て切れぬ、諦めの悪い下僕
(しもべ)の煩悶、
判っておいでのその上で、もしかしたなら嬲っておいで。

 「シチ?」
 「……あ、いえあの。////////

何だか様子が訝
(おか)しい久蔵殿だったのは、
訊けば…正確には七郎次のことというよりも、
八月のインターハイに備えての合宿についてを、
あれこれと考えあぐねていたからだそうで。
終業式の直後から発っての二週間、
みっしり敢行するからというお達しが、
部長様から直々に通達されたのだとか。
行きたくないのか、されど剣道は続けたいしで、
どうしたものかという葛藤に、気分が沈んでいたらしく。

「久蔵殿にしてみれば、
 昨年度の合宿でこなしたあれこれは、
 家や学校の道場で出来ることばかりだったらしくって。」

竹刀を振り回すだけが鍛練じゃない、
体力作りや精神統一は、暑かろうと道場が手近になかろうと、
やろうと思やどこでだって出来るのにと。
そこは…物心ついた頃から練達の剣豪に師事していただき、
厳しい鍛練を積んでいた身の彼なればこそ言えることでもあって。
なのに何でわざわざ、
泊まりがけで遠くへ行かねば果たせぬというのだろかと。
理不尽極まりない話じゃないかと、思っておいでならしくって。

 「どうしたもんでしょうか。」
 「放っておけ。」
 「ですが…。」

鬱屈に眉を寄せての沈んでおられるのは、
見ていてこちらも忍びないと言う七郎次であるものの。
少なくとも決めるのは久蔵自身ぞと、
すっぱり言い切られる御主の言い分も、判らないではないご意見であり。

 「何となりゃ何も学校の部活動のみが剣道の場でもあるまいよ。
  ただ、他者との協調というものも、
  人と交わって生きてゆく社会へ出るにあたっては大事なこと。
  それに…。」

何か言いかけて、だが、これ以上はそうさな宿題にでもするかなと、
誤魔化してしまわれた御主が、
後日、こっそりと久蔵殿へ、

 『あんまり遠出をしないシチに、
  行ったことのない土地の土産話や、
  綺麗な風景の写真を撮って見せてやれる好機だと、
  そんな考えようもあるのではないか?』

そんな言いようをしてあっさりと、
(そそのか)したなんてな顛末もあったりするらしいのですが。
今はまだ、ちょっぴり混迷の次男坊が、
気晴らしにと七郎次と一緒に立てた七夕の笹飾りには、

  ―― ずっとシチと一緒にいたい

そんな短冊が下がっていたりするそうで。
お星様でも草津の湯でも、
敬慕のつのって懸想のお熱だけは冷ませない…かも?





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.7.06.


  *九州地方では梅雨が明けたそうですが、
   いやもう暑いったらない毎日ですな。
   湿気が多くて、毎日毎夜うんざりしとります。
   いっそ汗いっぱいかいて痩せられりゃあいいのですが、
   水も大量に飲むからなぁ…。
(涙)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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